50歳になって振り返ってみる私の人間関係

2021年3月9日

小学生の頃から、もしかしたらそれより前から、誰とも繋がっていないような寂しさを感じてました。

家族に対しても、友達に対しても。

赤毛のアンとダイアナのような「親友」という存在に憧れて、でも叶わなくて。他の人は誰かと楽しそうにしてるのに、どうして自分はできないんだろうって小学生くらいから思ってました。

いろいろ原因を考えてみるけど、最終的に人を信じられないのが原因かも。信じられる人と出会いたい思いは強いけど、ちょっとでも裏切られたと感じると(ああ、この人は違う!ダメだ!)って距離を取るようなことを繰り返してきた気がします。

いつもどこかで疑ってる私。裏切られないように利用されないように無意識に壁も作ってたと思います。

結局は自分に自信がないわけです。強さもない。

自分から近づく努力もせず、向こうから来てくれるのを待ってるけど、これまでこんな私にグイグイ距離を縮めてくれる人は現れず。自業自得でもあり。

50歳になってだいぶ角がとれたようにも思うけど、たぶん、死ぬまでウジウジしてるんじゃないかなぁ(苦笑)

 

私の人間関係いろいろ

 

家族

昭和一桁の気難しい父親と専業主婦の母親。どちらも愛情表現の乏しいタイプ。あと年の離れた兄が2人、というのが実家の家族構成。現在の状況は、両親は他界、兄たちとはほぼ絶縁状態。

結婚して息子をひとり授かり新しい家族を持てたものの、あえなく離婚。ひとり息子は遠距離恋愛中の彼女の住む地への転職を考えている状況。

唯一の存在をあれこれ探した結果、自分のことを無条件に受け入れてくれたのは両親だけだったと気付きました。いなくなって実感、いてくれるだけで心強い存在だったなぁ。

息子。自分が生んだんだし、生まれたときからずっと一緒なので特別なのは当たり前。成人してもまだまだ頼りなくて、家にずっといられるとイライラしてしまうけど、彼も私にとっては唯一特別の存在。

きっと「一緒に生活する」ってことが、特別な関係を築くんでしょうね。だから変な話、別れた元夫にもいまだに特別感があります。あちらはもう再婚してるのに(笑)

友達

どういう付き合いの人を友達と呼んでいいのかいつも迷う。

スポーツを辞めて付き合いがなくなった人、同じ病院に通うようになったことで前より連絡頻度があがった人、など。友達って、そのときのライフスタイルで変わっていくもの。状況によらず付き合いが続いてる人を友達って呼ぶのかな。

赤毛のアンのダイアナのような「親友」はいないけど、誘えばOKしてくれる人は3人くらいいる。誘われることはないけど(笑)

ずっと「友達」って存在に憧れとかコンプレックスを抱いて生きてきました。けど、「ないものはない!」と認めよう。

仕事関係

職場で出会った友達は、仕事を辞めたらその関係もだいたい終わる。辞めてすぐ終わるか、数年後かの違いくらいだと思ってる。趣味とか別の共通点があればだけど。

なので職場の人間関係はプライベートには持ち込みたくないです。

今は小さい会社に勤めていて、社長と社長の奥さんが苦手。それ以上は近寄らないでくださいって線を、露骨にならないよう守り続けてます(笑)

彼氏

今現在、体の弱い年下の男性とお付き合い中。

体は弱くとも、言葉は鋭くw、5年くらいはぶつかることが多かったです。6年目、だいぶ諦めることが上手くなったおかげで、付かず離れずの楽な距離感でいられるように。

お互いにお互いとの再婚願望はゼロ。

頼れないし、ムっとするようなこと言うし、ケチだし、お母さんとか親戚とか怖いし!
(付き合ってるっていえるのかな)って思うこともしょっちゅうで、少し前なら彼への愚痴でブログが埋めつくされていたかもしれない。

最近は週に1回一緒にごはんを食べるくらいだから、ぶつかることも減りました。正直、一緒にいる時間が少なくなるほど、相手に対する関心は薄れていきます。それでも、いなくなったら寂しいんだと思う。

彼氏ね…、いるにはいるけど…ぶっちゃけいないって言っても問題ないレベルかも…ってなんとも中途半端な状況です(笑)

 

===

私の人間関係はどれもとても薄い。

望んでも手に入らないのがよく分かったから諦めただけで、仲の良い家族や友達、ご夫婦をみると、諦めたはずなのにギュっと苦しくなります。

苦しく思う気持ちが残ってるってことは、本当はまだ諦めきれてないんでしょう。

なのでときどき弱音(毒?愚痴?)を吐きますm(__)m

 

Posted by にこまる